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#116 オランダ旅行記

  • 1月28日
  • 読了時間: 3分


フランスの後に訪れたのが、



オランダ。




数々の国に訪れたことがありますが、初めての訪問でした。



同じヨーロッパでも、もちろん景色も違えば文化も違う。



そんな、フランスから来た私が感じたことを今回は書いていこうと思います。




◾️美しさの置き所の違い。



フランスの街には、最初から「美しい」と定義された秩序があるなと行きの飛行機で思いました。



歴史があり、装飾があり、長い時間をかけて完成されたフォルム。



その美しさは、街全体に構造として組み込まれていて、



歩いているだけで「見せられている」感覚になる。




建物も、景色も、文化も、美しくあることが前提として存在している国。




それが、フランスの美だと思う。




一方で、オランダの美しさは、少し違う場所にあると感じました。






特別な装飾があるわけでも、完璧に整えられた景観があるわけでもない。




そこにあるのは、日常と、機能と、ひとりひとりの選択




”自転車で移動すること。”


”大きな窓から暮らしをひらくこと。”



無理のない服を選び、無理のない速度で生きること。




そうした小さな選択の積み重ねが、気づけば街全体を美しくしている。




フランスの美は、「こうあるべき」という完成形を見せてくる。




オランダの美は、「こう生きたい」という感覚が、そのまま形になっている。




だから私は思いました。




フランスは、“見せる美”。



オランダは、“生きている美”。




どちらが正しいわけでも、優れているわけでもない。



ただ、美しさにも、完成されたものと、育っていくものがあるのだと。




旅は、街を見ることだけでなく、




自分がどんな美に心地よさを感じるのかをそっと教えてくれる、なと。



◾️ファッションは、主張か?道具か?



フランスでは、服は「自分をどう見せるか」を形づくる大切な要素です。



スタイルはその人のアイデンティティの一部であり、



装うことそのものが、自己表現として存在しています。



何を着るかは、その人の価値観や美意識を語る行為でもあります。




一方、オランダでは、服はとても実用的な存在として捉えられています。






動きやすさや天候への対応、



そして日々の生活に無理なくフィットしているかどうかが、何よりも大切にされています。




決しておしゃれではないわけではありません。



むしろ洗練されているのに、気合いが入りすぎていない。



その自然体な佇まいが、結果としてとてもかっこよく映ります。




ファッションにも、「主張するための服」と「生活を支えるための服」がある。




旅を通して、そんな視点を改めて知ることができました。



◾️旅の終わりに思ったこと。




フランスでの時間を通して、



私は「美に憧れる自分」がいることを知りました。






完成された街並みや様式美に触れるたびに、



その世界観に身を委ねたいと思う気持ちが、



自分の中に確かに存在していると感じたのです。




一方で、オランダを旅する中で気づいたのは、



「心地よさを選びたい自分」でした。

日常に寄り添う美しさや、無理のないリズムで流れる時間に触れ、



今の自分が求めているのは、肩の力を抜いて過ごせる感覚なのだと気づかされました。



どちらが正しい、という話ではありません。



大切なのは、今の私はどちらを選びたいのかという問いです。




完成された美に身を委ねる時間も、未完成な日常を愛する感覚も、



どちらも人生には欠かせないものだと思います。



オランダの静かな街は、そんな選択肢があることを、そっと、優しく教えてくれました。



SEIKA

 
 
 

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