#4 「センス」は、越境する

「センスがいいね」
と言われるとき、それは果たして、何を意味しているのだろうか。
装い、話し方、もの選び、あるいは人生の選択にまで、それは滲む。
けれども、表面的な洗練やトレンドに敏感なことだけでは、きっとないと思うのです。
センスとは、その人の“内側から生まれる美意識”であり、
それがどこへ向かって開かれているかの姿勢そのものだと思う。
私は、日本で生まれ育ちました。
四季を繊細に感じとる感性、
目に見えないものを尊ぶ文化、
曖昧さの中に余白を見出す美学。
それらが育んだ日本人としての“センス”は、今も深く私の中に根付いている。
けれど、そんな日本の美しさを本当の意味で理解したのは、海外に出てから。
初めてコンフォートゾーンを抜け、自分の常識が通用しない土地に立ったとき。
世界の価値観の多様さに圧倒され、自分という存在が小さく見えたとき。
その“揺さぶられる体験”こそが、私のセンスを耕してくれた。
海外では、自分の意見を語らなければ存在できない。
「あなたはどう思うの?」と問われ続ける中で、
日本では曖昧にしていた“自分の軸”と向き合わざるを得なかった。
そして、はじめて気づいた。それは、
センスとは、選び取る力なのだと。
目の前にある無数の情報や価値観の中から、
「私はこれを美しいと思う」と明確に選び取ること。
それは、育った国の文化に敬意を払いながらも、
あえてそこを一歩抜ける勇気を持つこととよく似ている。
今、日本という国の奥ゆかしさや調和の美を、
以前よりもっと深く愛せるようになった。
それは、外に出て、他の価値観に触れ、揺さぶられた経験があるからこそ。
視野が広がれば、足元の風景も変わる。
“センスを磨く”とは、単にトレンドを追うことではない。
むしろ、コンフォートゾーンを抜けることでしか得られない、自分自身との対話なのだ。
外の世界に目を向けること。そして、自国の美しさを再発見すること。
その両方を行き来できる人にこそ、深いセンスが宿るのだと思う。
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